SSブログ

吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝 [本]

南條竹則著

内容紹介:かの漱石も愛した!? イギリスの「猫画家」、その数奇な人生と作品に迫る。19世紀末から20世紀にかけてイギリスで爆発的な人気を誇った挿絵画家、ルイス・ウェイン。そのウェイン、実は『吾輩は猫である』の一節に登場する絵葉書を描き、夏目漱石にインスピレーションを与えた、日本人にも深いゆかりのある人物でもあった! コミカルなタッチからリアルな描写、あるいは擬人化したイラストで時には人間社会を風刺し、表情豊かで個性的な猫を数多く描きながら、晩年は統合失調症を患ったことでその画風も劇的に変化した「猫画家」。その半生を、日本ではほとんど目にすることのできなかった貴重なイラスト多数とともに辿る

南條竹則(なんじょう たけのり):1958年-。東京生まれ。作家。東京大学大学院英語英文学修士課程修了。学習院大学講師。『酒仙』(新潮社)で第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。他の著書に『人生はうしろ向きに』(集英社新書)、『ドリトル先生アフリカへいく』(集英社)、『怪奇三昧 英国恐怖小説の世界』(小学館)、『中華料理秘話 どじょう地獄と龍虎鳳』(ちくま文庫)など。訳書に『タブスおばあさんと三匹のおはなし』(集英社)など多数

ルイス・ウェインの映画をみたら、もっと知りたくなりました。ルイス画の絵葉書が「うちにないかなー」と引き出しをひっくり返してみましたが、やっぱりありませんでした。1900-1902年、夏目漱石はルイス全盛の頃のイギリスへ留学していたわけで、ルイスの猫の絵をみていたにちがいない。イギリスの友人からルイス猫の絵のポストカードをもらった可能性もあります。人間のような猫。漱石がここから「吾輩は猫である」のインスピレーションを得たというのもうなずけます。


新書版なので小さいですが、絵はふんだんに掲載されていて面白い。住居のある図書館には在庫はなかったものの、司書さんがよその図書館から取り寄せてくれました。
nice!(0)  コメント(0) 

続 氷点 [本]

三浦綾子著

内容紹介:自分が辻口家を不幸にした殺人犯の子であるとして、自殺をはかった陽子。一命をとりとめ、父・啓造や母・夏枝からすべてを謝罪されたが、自分が不倫の末の子であったという事実は潔癖な陽子を苦しめた。陽子は実母・恵子への憎しみを募らせていく。一方、兄・徹はその恵子に会い、彼女なりの苦しみを知ることになる―。大ベストセラー『氷点』のその後、“真実”を前に苦悩する人々を描いた珠玉のドラマ

三浦綾子の夫である三浦光世氏が「氷点」の後書きを書いていて、そこに綾子は「氷点」の続きを書くような予定はなかったとありました。それでも陽子が命をとりとめたところでふっつりと終わった「氷点」には自然に「続」が始まっています。登場人物が増えて、その分、ありえないような偶然が重なって物語が進みます。「原罪」、「ヨハネ福音書八章一節から十一節」などキリスト教の教えを身をもって知ることになる陽子です。札幌、小樽、網走、流氷、能取岬、知床、濤沸湖、網走湖、、、北海道旅行の前に読んでおくと良いナ。
nice!(0)  コメント(0) 

氷点 [本]

三浦綾子著

内容紹介:辻口病院長夫人・夏枝が青年医師・村井と逢い引きしている間に、3歳の娘ルリ子は殺害された。「汝の敵を愛せよ」という聖書の教えと妻への復讐心から、辻口は極秘に犯人の娘・陽子を養子に迎える。何も知らない夏枝と長男・徹に愛され、すくすくと育つ陽子。やがて、辻口の行いに気づくことになった夏枝は、激しい憎しみと苦しさから、陽子の喉に手をかけた―。愛と罪と赦しをテーマにした著者の代表作であるロングセラー

三浦綾子(みうらあやこ):1922-1999年。北海道旭川市生まれ。64年朝日新聞社の懸賞小説に『氷点』が入選。国民的ベストセラーに。人間の愛、祈り、原罪をテーマに書き続ける

これまで本を読み、テレビドラマをみてきた「氷点」。先日、旭川で「珈琲ちろる」に入ってみたのは「氷点」の中に登場する店だったからです。図書館で借りてもう一回読んでみました。今度は斜め読みせずに、丁寧に読みました。すると、確かに出てきました、「ちろる」。

そして「カムカムエヴリバディ」も登場しました。NHK朝ドラでの放送が2021年のことで、なにか氷点と「カムカム」に繋がりがあるのかと思いましたが、わかりませんでした。確かにあのラジオ英語講座は全国放送だから当然、旭川でも放送があったのだなぁ、としみじみ思いました。さらに旭川市内の大きな書店として「富貴堂書店」が登場。旭川では、江口日曜堂(画材、文具店)を訪ねて、店主の江口氏の大いなる活躍ぶりをたっぷりと聞かせていただきました。江口氏は「あの大きな富貴堂ももう無い」と言ってました。日曜堂さんには、様々な古い看板が所狭しと飾ってあり、その中に富貴堂の看板もあったような気がします。

今またGoogleマップを開いてみると、富良野、美瑛方面から旭川へと美瑛川が流れてきて、石狩川に合流します。美瑛川の畔には旭川市外国樹種見本林があり、そこに三浦綾子文学記念館があります。辻口の家はそこら辺にあったという設定だし、陽子はルリ子が殺されたという美瑛川の河原で自殺をはかったという。次回、旭川へ行くことがあったら、見本林へ行ってみたい。美瑛川で石を積みたい。
nice!(0)  コメント(0) 

笛吹川 [本]

深沢七郎著

内容紹介:生まれては殺される、その無慈悲な反復。甲州武田家の盛衰と、農民一家の酸鼻な運命。信玄の誕生から勝頼の死まで、武田家の盛衰とともに生きた、笛吹川沿いの農民一家六代にわたる物語。生まれては殺される、その無慈悲な反復を、説話と土俗的語りで鮮烈なイメージに昇華した文学史上の問題作。平野謙との<「笛吹川」論争>で、花田清輝をして「近代芸術を止揚する方法」と言わしめ、また後年、開高健をして「私のなかにある古い日本の血に点火しながらこの作品は現代そのもの」とも言わしめる

深沢七郎(ふかざわ しちろう) 1914-1987年。日本の小説家、ギタリスト。山梨県生まれ。日川中学卒。職を転々とし、ギター奏者として日劇ミュージックホールに出演。「楢山節考」が正宗白鳥に激賞され、異色の新人として注目を集めた

山梨県の土地の人の独特な語尾「、、、ごいす」が、朝ドラ「花子とアン」を思い出させます。毎年のように氾濫して流れを変える笛吹川、武田信玄が進めた治水事業、信玄堤。そんな土地に根ざして暮らす家族に死と生が巡っていく。「男家族は話し相手にならない。末娘のウメに婿が来てくれて一緒に暮らせたら、、、」と願う主婦おけいの願いも虚しく、母子5人は武田勝頼とともに命を落としてしまう。おけいは武田家に対して恨みこそあれ恩義のかけらも持っていなかったにもかかわらず、です。

1960年に映画化されていました。木下恵介監督。おじい/加藤嘉、定平/田村高廣、おけい/高峰秀子、うめ/岩下志麻、など。
nice!(0)  コメント(0) 

日本人はどう住まうべきか? [本]

養老孟司 隈研吾著

内容紹介:日本人は元来「だましだまし」生きてきたのに、津波被害を完璧に予測して対策するなど不可能。原発問題も土建問題もつまるところ戦争のツケ。マイホーム所有が人生の目標だった時代は終わり、どこにどう住まうかが自己表現になる。震災と津波、高齢化、地域格差…さまざまな社会問題をふまえ、現代人の幸福を実現する住まいのあり方について、解剖学者と建築家が論じた贅沢対談集

2011年の東日本大震災後の対談、ということで、気になるのは復興と新しい町づくり。そもそも日本はどこでも、地震、津波、洪水などが起きる可能性大です。それでも「だましだまし」暮らして来たのだなぁ。ともかく、、、石巻にあるという隈研吾設計「北上川運河交流館」を見に行きたいものです。北上川の辺りにあり、しかも、地下スペースなのに、津波被害を免れたとのことです。
nice!(0)  コメント(0) 

親鸞 激動篇 上・下 [本]

五木寛之著

内容紹介:「上」京の都を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷でもある越後の地に流されていた。一年の労役を済ませようとしていたころ、地元の民に崇められ、生き仏を称する、外道院の行列に出くわす。まるで世の中がひっくり返ったような、貧者、病者、弱者が連なる光景に、親鸞は衝撃を受ける。文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよとの、法然上人の言葉が、親鸞の脳裡に去来する。「自分はなんのためにこの地へきたのか」。しばらくして労役を勤め終えたそのとき、親鸞はついに外道院と対面することを決意する。「下」雨乞いの法会を切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、越後に施療所を開設する。訪れる人びとと話し合う穏やかな日々を恵信とともに過ごしていた折、法然の訃報が届く。とうとう師を喪った親鸞は自分自身の念仏をきわめることを決意する。関東から誘いがかかったのはそのときだった

越後の暮らしののち関東へ来ることになる親鸞一家。鎌倉時代後期。最初は、常陸国の小島。おそらく現在の下妻あたりと思われます。親鸞草庵跡として下妻市の指定文化財になっていました。地図をみると鬼怒川と小貝川に挟まれていて、湿地が広がっていたと思われます。そして北の方に筑波山もよく見えそうです。その後、笠間の稲田。親鸞が京都へ去ったあと、親鸞の草庵跡が西念寺という寺になったそうです。私は行ったことはまだないのですが、稲田は稲田石の石切場があります。西念寺はその近くみたいなので、、、そのうち、双方合わせて見学に行かなくては、です。

史実に基づくフィクションということで、、、一人、ものすごく強烈な悪キャラがいます。伏見平八郎、平清盛の手下である六波羅童の頭。世に並ぶもののないくらい美しい美貌の下に残虐な性格を持つ。親鸞と親しい犬丸を拉致した時、親鸞とその仲間が放った暴れ牛に顔を潰される。死んだかと思いきや生き延びて、のちのち、不意に現れて非道をする。激動(下)には黒面法師として登場。またまた親鸞たちに取り囲まれながら、かろうじて逃げてゆく。「十悪五逆の極悪人でも地獄ではなく極楽へ行けるか?」と親鸞に問います。親鸞は「信じて念仏すれば救われる」と答えます。逃げたアイツはきっとまた登場してくると思われます。どうなることやら。
nice!(0)  コメント(0) 

親鸞 上・下 [本]

五木寛之著

内容紹介:「上」馬糞の辻で行われる競べ牛を見に行った幼き日の親鸞。怪牛に突き殺されそうになった彼は、浄寛と名乗る河原の聖に助けられる。それ以後、彼はツブテの弥七や法螺房弁才などの河原者たちの暮らしに惹かれていく。「わたしには『放埒の血』が流れているのか?」その畏れを秘めながら、少年は比叡山へ向かう。「下」親鸞は比叡山での命がけの修行にも悟りを得られず、六角堂へ百日参籠を決意する。そこで待っていたのは美しい謎の女人、紫野との出会いだった。彼が全てを捨て山をおりる決意をした頃、都には陰謀と弾圧の嵐が吹き荒れていた。そして親鸞の命を狙う黒面法師。法然とともに流罪となった彼は越後へ旅立つ

我が家は「浄土真宗」「真宗大谷派」です。その「願船寺」に大イチョウがあり、それは親鸞聖人のお手植えであるらしいです。これまでに、仏事に際してご住職のお話を伺ってきましたが、親鸞聖人ゆかりの信心には至らず、です。親鸞聖人は平安末期から鎌倉時代の人物。どうして茨城に縁があるのかが不思議でした。本著は実在の人物の他に架空の人物も登場するフィクションです。フィクションであるため、大変読みやすく、面白い。師である法然上人と親鸞がともに流罪と決まった後の二人の対面のシーンは涙でました。
nice!(0)  コメント(0) 

ひとりぼっちの幸せ [本]

チッチ、年をとるほど、片思いは深くなるね
みつはしちかこ著

内容紹介:チッチ、あなたを描いて50年。夫も、サリー(のモデル)ももう、いない。そんな今の楽しみ方について書きました

みつはしちかこ:漫画家。1941年、茨城県生まれ。高校卒業後、高校時代の放送劇部での漫画日記をもとに描いた『小さな恋のものがたり』でデビュー、半世紀以上続くロングセラーとなる。同作は1976年にミリオンセラーを記録、1977年には日本漫画家協会賞・優秀賞を受賞。2014年に最新刊の第43集を刊行し、2015年には手塚治虫文化賞・特別賞と日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞。ほか、朝日新聞日曜版に22年間連載し、テレビアニメにもなった『ハーイあっこです』や、詩画集やエッセイの著書も多数。現在は定期講読誌「ちい恋通信」にて『その後の小さな恋のものがたり』を連載中(2013年の時点)

本棚から「小さな恋のものがたり」が二冊出てきました。古本として売る予定の箱に入れてあります。久しぶりに読み返してみました。そして作者のみつはしちかこ氏がどうしていらっしゃるかな、と気になって検索。現在81才。「茨城県石岡生まれ」とのことで、急に親近感がわきました。夫と死別してから基本、ひとり暮らし。そんなみつはしちかこ氏の語りには、先日読んだ五木寛之氏の「捨てない生きかた」と重なるところがありました。「過去を振り返るよりも現在、あるいは、未来を見れ」とよくいわれます。しかし、私の場合、最近、古い物、写真などを片付けながら過去のことを思うことが確実に増えました。本著を読んで、過去を振り返ることは決してネガティブなことではなく、高齢となった私には、どちらかというとポジティブな脳みそ活動といえるのかもしない、と思い直しました。

先日引き出しからフイに祖父とのツーショットが出てきました。ウェディングドレスを着た私と祖父。祖父が私の結婚式に出席できないからと実家で前祝いをしたときのものです。祖父や祖母、親戚の人たちがご馳走を囲んで談笑している写真も一緒でした。この写真がなかったら、すっかり忘れていたワンシーンです。
nice!(0)  コメント(0) 

捨てない生きかた [本]

五木寛之著

内容紹介:モノが捨てられない― それもまたいいではないか。著者自身の「捨てない生活」から、仏教の「捨てる思想/捨てない思想」、「この国が捨ててきたもの」までを語り、モノを捨てることがブームとなっている現代社会に一石を投じます。人生の後半生は、モノに宿った【記憶】とともに生きる黄金の時代なのです!
●ふえゆくモノたちと、どう暮らしていくか
●シンプルライフにひそむ「空虚さ」
●モノは「記憶」を呼び覚ます装置である
●「ガラクタ」は孤独な私たちの友
●生き生きと老いていく
●人づき合いは浅く、そして長く
●法然と親鸞が捨てようとしたもの
●過去を振り返ってこそ、文明は成熟する

五木寛之:1932年福岡県生まれ。朝鮮半島で幼少期を送り、47年引き揚げ。52年早稲田大学ロシア文学科入学。57年中退後、編集者、ルポライターを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、英文版『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門)に選ばれた。02年に菊池寛賞を受賞、09年にNHK放送文化賞を受賞、10年『親鸞』で第64回毎日出版文化賞特別賞を受賞。代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『下山の思想』『百寺巡礼』『生きるヒント』など

毎週月曜日の夜のテレビ番組、やましたひでこ氏の「断捨離」をみています。「断捨離」という言葉が強烈すぎて「何もかも捨てなくてはならない」とうっかり勘違いしてしまいそうになります。が、しかし、そうではなくて、「大事なものをもっと大事にする」あるいは「モノに囚われすぎて周囲のヒトとの関係が悪くなっている状態を改善する」「モノの中で見えなくなってしまった自分を取り戻す」ひいては「自分を大事にする」ことが最終的な到達点のようです。

本著は、さらに人間というものを深く考察しています。「モノを捨てない生き方」は、モノの記憶は人生の宝であり、モノから蘇る記憶こそ、これまでの人生の豊さであり、それを味わう暮らしも良い、と言っています。なにはともあれ、五木寛之さんそのものが素敵すぎます。

「人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死んでゆく」ものではないでしょうか、と問いかけていらっしゃいます。自分は今61才。この先、30年くらいはあるかもしれない人生を心だけでも豊かに暮らしたいものです。

nice!(0)  コメント(0) 

絵図と写真でたどる明治の園芸と緑化 [本]

近藤三雄・平野正裕著

内容紹介:明治維新は近代化の名の下、万物にわたり日本の社会を劇的に変えた。園芸・造園の世界もしかり、である。それまで武家社会が支えてきた伝統的な江戸の園芸文化、庭園文化が崩壊し、それに代わって、近現代園芸・都市公園事業が台頭した。本書で語られるのは必ずしも時系列で整理・整列された歴史ではなく、これまでの歴史の陰に隠れたり、断片的にしか紹介されてこなかった歴史的なトピックである。しかしそのどれもに、現代へと続く萌芽的事象が発見され、「この時代にすでにこのようなものがあったのだ」という驚きを禁じ得ない

うちの本棚を整理して、読み返してみた本の一冊に近藤三雄著「都市緑化 造園の知恵で花と緑の都市再生」があります。2004年発刊。屋上庭園への情熱となんちゃってビオトープへの疑問が印象に残りました。

「都市緑化」といって思い浮かぶのは、日比谷ミッドタウン、京橋江戸グラン、あちこちの高層マンションなど、ビルを囲んで雰囲気の良い感じに植栽が施されています。目黒天空庭園、ららぽーと柏の葉屋上庭園、JPタワーKITTEガーデン、国立科学博物館 屋上庭園、、、ふーん、結構行ったことがあるなぁ。

「ビオトープ」と言って思い浮かぶのは、台東区金竜小学校、台東区精華公園、江東区の釜屋堀公園とまんとみ幼稚園横の公園の極小ビオトープ。江東区は「ポケットエコスペース」として小さなビオトープを管理しているらしいと分かりました。https://www.city.koto.lg.jp/470701/machizukuri/midori/shizen/7488.html

管理していたのかなぁ。釜屋堀公園はトーモクンやペロマルとちょいちょい行きましたが、小さなビオトープは蚊の発生源にしか思えませんでした。この池に子供達がハマったらダメだと思ってよくよく注意して遊んだことを思い出します。

と、ここまでは「都市緑化」にまつわる話でした。図書館から借りた「絵図と写真でたどる明治の園芸と緑化」もなかなか興味深いことが書いてあります。特に面白いのは、日本から海外へ持ち出された植物のこと。今もうちの庭に生えてくるヤブガラシ。ヤブガラシの茂みには大きな黒い毛虫がつくし、エアコンの室外機に絡み付いて運転エラーを起こすし、私は目の敵にしています。しかしそれが「フランスでは園芸植物として評価されている」と書いてあります。フランスで? 調べてみましたが、ヤブガラシがもてはやされている、なんて画像は見つかりませんでした。そうだよねえ。アメリカでは、クズ同様に外来種の強害植物といわれているみたいだし。

「棟芝」はまた興味深い。屋根にうっかり生えてしまったのではありません。人が意図を持って植えたもの。屋根に紫のアイリスが咲いていたらオシャレさんでしょう。
nice!(0)  コメント(0)